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半田広宣コラム 「ヌースの時間」

負の自意識の時代



負の自意識の時代

今年になって、著名人がらみのスキャンダル報道が立て続けに世間を騒がせている。
まず、飛び込んできたのは人気アイドルグループの解散問題。次に人気女性タレントの不倫報道に元プロ野球選手の薬物使用による逮捕劇だ。ワイドショーはここぞとばかりに色めき立ち、ゴシップネタに少しうんざりするほど多くの時間を割いている。
毎度のことだが、どうしてメディアは公共の電波を使ってここまで個人のプライバシーを暴き立てるのか。また、世間というものは何でこうも他人事に首を突っ込みたがるのか。

昔の日本人なら「人の振り見て我が振り直せ」と意識が自分に向くところだが、今は違う。メディアは一個人に非難を浴びせ、それを見聞きした多くの人も一方的なバッシングに参加してしまう。もちろん、芸能ゴシップ騒ぎは昔からあったし、芸能人なら有名税で片付けることができるかもしれない。しかし、最近は一般人も槍玉にあげられるようになった。

10年ほど前に起こったイラクでの日本人人質事件は記憶に新しいのではないか。「自己責任」という言葉を流行させたあの事件だ。人質となったTさんら3人は被害者であったにも関わらず、帰国の際にメディアにあたかも犯罪者であるかのように吊るし上げられてしまい、また、昨年5月に起こったISISによる人質殺害事件のときも同様だった。
彼らはテロリストたちに殺害されたにも関わらず、政府までもが自己責任を口にした。他にもSTAP細胞捏造騒ぎや五輪エンプレム問題などもそうだ。冷静に振り返ってみると分かるが、最近、社会面を賑わせたニュースの当事者たちはそのほとんどが公開処刑とも言っていいほどのバッシングにさらされている。

メディアにとってはこうした一連の出来事はニュースネタに過ぎないだろう。しかし、当事者たちにとっては一生を左右する問題だ。こうしたメディアによる個人攻撃が社会的制裁などといった言葉で片付けられていいはずがない。
以前、メディアという言葉の語源が「霊媒」であることから、インターネット出現以降のメディアは「悪霊」の媒体になり始めているのではないかと書いたことがある。その傾向がますますエスカレートしてきているように感じるのは私一人だけだろうか。

もちろん、メディアが一方的に悪いという訳ではないだろう。メディアとて利益目的の組織だ。メディアは一般の視聴者が一番望んでいるものを提供しようとしているだけかもしれない。ならば、何がここまで日本人の自意識を低下させているのだろうか。よく指摘されていることだが、一番の原因はグローバル化による社会構造の大きな変化にあると言える。

高度成長時代の一億総中流意識が一気に崩れ去り、今や若者たちの間では勝ち組・負け組などといった言葉が普通に囁かれるようになっている。そんな価値判断など幻想に過ぎないのだが、若者たちの多くはことさら他人の目や評価を意識し、無視されたり拒絶されたりすることを必要以上に恐れるようになる。そして、その負の自意識の過剰が今度は逆に公共性の中の居場所を失わせているように感じてならないのだ。

昔はそこで家族や周囲の友人たちの繋がりを通して自分の居場所を取り戻そうと努力したものだか、今は同じ負の自意識を共有する仲間がネット上で簡単に見つかる。そこで生まれる仲間意識がこうした負の自意識を正当化させ、今度は一転、自分たちのそのアイデンティティーを保つために共通の敵を作り出してしまっているのだろう。
これはイジメの心理的な構図と全く同じものだ。わたしたちは心の原点に戻って「人を以て鑑と為す」という古人の格言をもう一度、肝に命じなればいけない。

2016年3月-ブロッサムNo.63

地震を教訓とした真の街づくりへ

心の結束がもたらす無限の力

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