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半田広宣コラム 「ヌースの時間」

iPS細胞がもたらす未来



iPS細胞がもたらす未来

今年のノーベル生理学・医学賞がヒトのiPS細胞を初めて作ることに成功した京都大学の山中伸弥教授に贈られることになった。山中教授が研究の成果を発表したのが6年前と言われているから、異例のスピード受賞である。なんでも世界中の名だたる研究者たちが山中教授の偉業を誉め称え、多数の推薦状が委員会宛に届けられたらしく、iPS細胞の作製が数ある科学的発見、発明の中でもいかに画期的な出来事だったかが分かるだろう。

iPS細胞とは、簡単に言えば、骨であれ、臓器であれ、神経であれ、およそ人間の身体を構成するあらゆる部位の再生を可能とする万能細胞のことである。山中教授はこれを皮膚のような普通の細胞から作り出した。
これを使えば、例えば事故で片腕を失くした人が、腕を再生させ、手術で元通り、なんてことも決して夢じゃないということだ。
他人の身体の部位であれば当然、拒絶反応が起きるところだが、iPS細胞の場合は自分由来の細胞なので体にスムースになじんで何ら支障もない。もちろん、まだ基礎研究の段階であり実際の臨床実験には至っていないというが、今後、研究が進めば、臓器移植等にも応用が可能となるのは間違いない。全く夢のような治療法である。

しかし、一方で、こうした最先端の生命科学に関する報道を聴くと、わたしは何ともいえない抵抗を本能的に感じてしまう。
そこには科学が生命の世界にどこまで介入していいのか、この根本的な問題が欠如しているからだ。このiPS細胞を通した医療技術はわたしたちが抱く従来の生命観、倫理観を大きく揺さぶるものだけに、実際の応用に当たっては慎重な議論を重ねる必要がある。

人間の欲望の中でも、とりわけ「老い」や「死」の克服は自我の根底的な希求と言ってよいものである。
iPS細胞による再生医療が一般化すれば、「老化」が病気として扱われるようになる可能性だってあり得るし、最終的には「死の撲滅」へと向かおうとすることは必至だ。そうなれば、身体の部位はそれこそ医療産業の中で製品化され、取り替え可能の商品と化してしまうかもしれない。

さらに想像力を逞しくすれば、未来社会の「完全女性化」だって考えられる。というのもiPS細胞からは精子や卵子も作れるからだ。女性は自分の皮膚の細胞から精子を作り、それを自分の卵子に受精させ、子宮に着床させれば、男性の力を一切借りることなく子供を作ることができるようになる。セックスレスの若者が増え、少子化が加速度的に進んでいる現状を考えれば、そんなSF映画のような未来も決して笑い話ではなくなる。そうなれば親子や兄弟といった社会構造を支えている基盤にも影響を与えざるを得ないし、長きにわたって続いて生きた生物世界の生殖の歴史自体もその根底から脅かされることになり、われわれが世界と呼んでいたものの枠組み自体が崩壊を起こしかねない。

わたしは生命科学の発達を悪いものとは思ってはいない。ただ、一番怖いのは、科学にはその暴走を抑止する倫理が欠如してしまうということだ。科学者は一体何のために研究をしているのか、人間はどこに向かうべきか、そうした哲学的な問いかけに、当の科学は一切答える術を持たない。
テクノロジーだけでは人間は決して幸福にも健康にもなれない。科学が急速に発達する今ほど「生命哲学」が必要とされる時代はないのである。

2012年12月-ブロッサムNo.50

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