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半田広宣コラム 「ヌースの時間」

脱原発と脱自分



脱原発と脱自分

3月11日に起こった東北地方太平洋沖地震は東北地域の太平洋沿岸部全体を大津波で呑み込み、多くの犠牲者を出した。
三陸地方の町という町はほとんどが瓦礫の山と化し、今でも避難所生活を続けている被災者たちが10万人以上を数えている。

これだけの被害でもそれこそ未曾有の大災害と言ってよいのだが、今回の地震は福島の第一原子力発電所の事故という厄介なオマケを引きずっている。新聞やTVなど大手メディアの報道が正確性を欠いているためか、すでに過去の出来事として忘れ去られようとしてはいるが、実際のところこの事故は収束にはまだほど遠く、日本の将来に大きな暗雲を投げかけている。

INES(国際原子力事故尺度)でレベル7。これはあのチェルノブイリ事故と同じ評価である。専門家によれば、福島第一発電所の3機の原子炉の炉心はすでにメルトダウンを起こし、大量の放射性物質が原子炉地下に漏れ出している状態だという。チェルノブイリの場合は原子炉爆発によって放射性物質が一気に広範囲にわたって環境に飛散し事態は10日で収束したが、福島の場合はすでに3ヶ月近くが過ぎようとしているが今だに先が全く見えない。
このままでは事態の長期化は必至だ。地中に漏出した放射性物質によって地下水は汚染され、それらの一部は海に流れ出て、海洋汚染をより深刻化させていくことだろう。

この福島での悲惨な事故を受け、ドイツは2022年までの原発を廃止する脱原発法を制定し、スイスも2034年までに保有する原発をすべて廃止する方針を閣議決定した。ところが事故の当事国である日本政府は安全基準を引き上げるのみで、今後も原発を推進していくという。
最新の大手メディアによる世論調査でも原発の増設、現状維持を訴える人々が半数以上を占めているそうだ。

のど元すぎれば熱さ忘れる、というのならまだ分かるのだが、今回の原発事故は目下進行中、まだのど元のど真ん中当たりに引っかかったままなのである。
そして、これから数十年というもの汚染は継続して進行する。その間にかかる莫大な処理費用や補償等を考えれば、経済的側面から見ても、原発事故というものがいかにリスクの高いものか一目瞭然で、さらに言えば、今回と同程度の大地震がまたいつ日本を襲うかも分からない。それでも尚、原発を「推進スベシ」とする理由がどこにあるのだろうか。

仏教の教えに「足るを知る」という言葉がある。「足るを知る者は、物に満たされず貧しくても、心が豊かである。逆に、足るを知らない者は、富めりと言えども心が貧しいものである。」という考え方だ。
使い古された言葉ではあるが、いくらたくさんのモノに取り囲まれていたとしても決して幸福はやってこない。幸福はモノがもたらすものではなく、人の心のつながりがもたらすものである。 エネルギーなどは多少不足しようが、人生の泣き笑いには何の影響もしないと思う。その意味で脱原子力は脱自分につながっている。

2011年6月-ブロッサムNo.44

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