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半田広宣コラム 「ヌースの時間」

「日本スゴイ」という感覚の裏側にあるもの



「日本スゴイ」という感覚の裏側にあるもの

今年から大リーグのロサンゼルス・エンゼルスに移籍した大谷翔平選手が連日の大活躍を見せている。ベーブルース以来と言われる前代未聞の二刀流。さらには、スタイル、ルックス、人格と三拍子揃った選手なのだから、大騒ぎになるのは当たり前。報道ニュースまでもが「大谷、大谷」とトップニュースで扱い、ネットニュースに至っては、大谷がすでに大リーグのレジェンドでもあるかのように、バッティング練習の飛距離までもが話題になる。
この異様なまでの大谷フィーバー、確かに、同じ日本人として嬉しい気持ちにはなるのだが、メディアが騒げば騒ぐほど、今の日本にはMADE IN JAPANとして誇れるものがなくなってきたのだなと感じられて仕方ない。

それを裏打ちするように、最近、日本文化を外国人が褒め称える系の番組が激増している。確かに、日本文化は世界に誇れる素晴らしいものだし、それを外国の人々が賛美してくれるのは日本人としては嬉しいことである。
しかし、日本の文化は現在の日本人が産み出したものではない。文化とは過去に生きた祖先たちの精神の集積であり、それを、現在の日本人が自分の能力の産物でもあるかのように思い込むことは、 親の七光で威張り散らす二世とそれほど変わりはない。文化とは「時」が「人」を積み重ねていくものであるのだから、大事なことは、その積み重ねの中に息づく精神を生きることである。

果たして、今のわたしたちにそれができているだろうか。冷静に日本の現状を見てみると、よい材料を探す方が困難であることが分かる。
まず戦後日本の代名詞でもあった経済ですら、1989年には世界トップテン企業の中に日本企業が7社あったにもかかわらず、2017年にはアメリカと中国の企業のみで、日本企業は20位の中に1社さえ入っていない。世帯年収の平均値も、ここ20年で550万から428万円ににまで低下している。

特に心配なのは若い世代の意識で、2011年に実施された調査によると、日本の高校生で「自分は価値がある」と思っている人は7.5%しかいないのに対し、アメリカは57.2%。「自分は優秀だ」と思っている日本の高校生は4%しかいないのに対し、アメリカでは58%もいる。反対に「自分はダメな人間」と思っている日本の高校生はなんと73%となっている。若者の自殺率も先進国でNo.1である。

ということは、若者に夢を与えられるような文化を今の私たちは産み出せていないということだ。こうした現状を無意識的に覆い隠すかのように、メディアは「大谷スゴイ」「日本スゴイ」の煽りで、安易にエモーションだけを盛り上げ、事の本質から目を逸らせようとしているのかもしれない。

特に近年は、世界的に「ポストトゥルース」、つまり、「事実より感情を優先する」という風潮がある。この風潮は人間性を著しく損なわせる方向に導くのではないだろうか。というのも、人間の感情は、善悪よりも損得や優劣に向かいやすい。何事も現状を真摯に認め受け入れなくては、それ以上の成長はないのではないか。

私は野球だけでなくピアノも好きだが、地道で単調な練習の積み重ねが無ければ、美しいショパンは弾けない。それと同じで、安易に自尊心を高める方向に自意識を向けるより、自分の個としての生の現実を直視することの方が、生きる上でははるかに重要なことだ。
大谷選手の今の活躍も、単に生まれ持っての才能だけではなく、個人としてのOHTANIを真摯に見つめ、たゆまぬ努力を続けた賜物なのだろうから。

2018年6月-ブロッサムNo.72

相撲道の順守とグローバル化の矛盾

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