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半田広宣コラム 「ヌースの時間」

食品偽装と日本人気質



食品偽装と日本人気質

5年前に起きた高級料亭「船場吉兆」での料理の食品の使いまわしの騒動はまだ記憶に新しい。当時から食品の使いまわしや食材の偽装表示がほかでも行われているという噂はまことしやかにささやかれていたのだが、残念なことに、最近有名ホテルをはじめとして百貨店など、立て続けに食品偽装の実態が明らかになった。特に百貨店業界については、大手の老舗店各社がほとんど名を連ねていた。

本来「信用第一」をモットーにしているこのような業界がなぜこうした事態になってしまったのか?謝罪会見では、厳しい競争に勝ち抜くための差別化が必要で、かつコスト削減に迫られての苦肉の策だったなどという弁明も聞かれたが、問題の本質はもっと深いところにあるようにも思える。

ひとつに、内部側の問題として「慣例には触れない」といったような日本社会全般が持っている保守的な感覚である。
別に騒動の当事者たちを弁護する気など毛頭ないのだが、謝罪会見に出てくる責任者たちの表情を見ていると「以前からそうやっていたから、そのまま続けていただけなのに、今頃どうして…」という顔を誰もがしているように見える。ひょっとすると彼らには自分たちが偽装しているという自覚すらなかったのではなかろうか。

ただ商売上の慣例に従って機械的にやっていただけなのかもしれない。慣例で行っていたことを大きな組織の内部で変えようとするのは大企業であればあるほど難しい。ましてや、新しく打ち出そうとする改善案がコスト高に当たるとすればなおさらのことだ。こうした問題は決して他人事では済まされない。
日本にはまだまだ、自分たちが慣例として継承してきた手続きや決まり事を「今までそれで問題なくやれてきたんだから、無理して変える必要はない」といったような「事なかれ主義」が蔓延している。政治の世界は言うに及ばず、役所、学校、企業に至るまで、自分たちが習慣、習わしとして受け継いできた事例について、疑問を抱いたり、再点検することを回避する傾向があるのだ。

もう一つは外部側の問題としては日本人が持った極端なブランド志向があげられると思う。このせいで店側もブランド名で付加価値をつければ、手っ取り早く顧客数を伸ばせるものと勘違いしてしまう。しかし、多くの日本人がブランド志向だからと言ってブランド品の価値を知っているわけでもない。むしろ事実は真逆で、本物の味や品質をよく知らないのに名前だけで何となくありがたがってしまう人たちが多いというだけの話なのだ。

今回の問題の発覚が遅れたのもまさにこの日本人の無知さというか、いい加減さにもある。
「芸能人格付けチェック」というTV番組を見て「内心、わたしも笑えない」と思っている人もたくさんいるのではないだろうか。「値段が高ければ美味しい」「ブランド品だから品質がいい」という先入観は結局のところ、逆にモノの本当の価値を見えにくくさせる。名前や権威が先行すると、人はついつい本当の価値を見失ってしまうものだ。

哲学者ニーチェは「価格のついたものに価値はない」とまで言った。この際、消費者にとって何が本当の価値なのか、そしてまた企業側にとっては一体何が本当の価値あるサービスとなり得るのか、じっくりと再考する必要がありそうだ。

2013年12月-ブロッサムNo.54

時代のキーワードは反転

インターネット社会と人間社会

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