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半田広宣コラム 「ヌースの時間」

凶兆と吉兆



凶兆と吉兆

先日、ロシアで隕石の落下事件があった。この隕石、大気圏突入時には直径約15メートル、重さ約7千トンもあったらしい。直撃は避けられたとは言え、空中爆発の際の衝撃波で建物のガラスなどが砕け散り千名以上の負傷者が出たと聞く。
今年の一月にも日本では関東を中心に火球(大気中で燃え尽きてしまう隕石)が複数目撃された事件があった。ごく小さな大きさの隕石ならば一日に数個は地球に落ちていると専門家は言う。 だから、今回の事件を必要以上に騒ぎ立てる必要もないのだろうが、たまたま地球に小惑星が最接近しているタイミングでもあったので、正直、ちょっとした恐怖感を覚えてしまった。

隕石の落下は伝統的に見て世の中の激変の凶兆と見なされることが多い。古い例では始皇帝時代に落ちた中国の隕石の話が有名だ。何者かがその隕石に始皇帝の死とその後の世の中の波乱を書き刻み、それを知った始皇帝は怒り狂ってその地の住民を皆殺しにしてその隕石を粉々に焼き砕いた。こうした暴挙が返って多くの民衆の反感を買い、知っての通り始皇帝が築き上げた秦国はその息子の代で滅んでしまう。

新しいところで記録に残っているのは1908年に起こったシベリアのツングースカ上空で起こった巨大隕石の爆発だ。当時の国際情勢の不安定さも手伝ってこの後すぐに第一次世界大戦が勃発し(1914年)、ロシア自体もその後に起きた共産主義革命(1917年)で滅び去る。もちろん、ここで歴史上の大事件の裏すべてに隕石が絡んでいると言いたいわけではない。むしろそれは偶然の一致と言っていいものだろう。

しかし、一つだけ言えることは、何らのか天変現象が起こったときに、人々が不安や恐怖に駆り立てられ妄想や疑心暗鬼に陥れば、それが結果として好ましくない事態を引き起こす原因になるということだ。伝統的に天変が凶兆と見なされている背後にはこうした人間の愚かな集団的経験が積み重ねられているのではないかと感じる。

今回の隕石騒ぎと一昨年起こった東日本大震災と合わせてみるだけでも、それこそ字義通り世界は天変地異の時代を迎えつつある予感もある。実際、日本を見ても、中国との領土問題に始まって、原発問題、TPP問題など社会生活は不安な要素で埋め尽くされているのが実情だ。

一番怖いのはこうした状況で「人心乱れるとき、天これを戒むる」などと言って不安や恐怖を必要以上に煽り立てようとする人間の一般的な心理だ。隕石は何も凶兆として見られてきたばかりではない。吉兆として見る伝統も一方にあった。
たとえば、アフリカのナミビアに棲む部族などは隕石を「天国から落ちてきた星」と見なし「幸運を呼ぶ星の破片」としていた。彼らにとって隕石は精霊が地上に降りてくることを意味したのだ。ひょっとすると今回の隕石も人類に幸運をもたらすために地球にやってきたのかもしれない。

今までの時代を覆っていたネガティブなものが一新され、新しい時代の訪れを告げる吉兆であるかもしれないのだ。物の見方を否定的なものから肯定的なものへと変えていこう。凶兆は裏を返せば吉兆なのだ。

2013年3月-ブロッサムNo.51

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