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半田広宣コラム 「ヌースの時間」

一人のソングライターへのエール



一人のソングライターへのエール

人気ポップデュオ「CHAGE&ASKA」のアスカが覚醒剤所持容疑で逮捕された。芸能人が事件を起こしたと聞いて普段はそれほど驚く方ではないが、それがことアスカとなるとそうはいかない。というのも、わたしにとって彼は単なる他人ではないからだ。

話は30年以上前に遡る。当時、わたしはプロのミュージシャンを目指してとある音楽コンテストに出場した。予選を通過して10組ほどのミュージシャンたちが決勝で競い合うことになったのだが、その中にデビュー直前の「CHAGE&ASKA」がいた。そのときの彼らはまだあか抜けない感じのする2人組で、歌のうまさだけがやけに際立っていた。
結局、そのコンテストでわたしは落選し、彼らは歌唱賞を穫った。別にその会場で互いに挨拶を交わしたわけでもなかったのだが、後日、中央線の国立駅でアスカとバッタリと出会い「半田さんですよね。今度、曲の作り方教えて下さい!」と声をかけてきたのだ。どうやら、コンテストで演奏したわたしの曲をいたく気に入ってくれたらしい。
こちらは彼にあまり関心を持っていなかったので、そのときは「ああ、今度ね」と軽くあしらったのだが、あのとき親交を深めていれば、わたしの人生も大きく変わっていたかもしれない(笑)

彼との接点はこれだけではない。実はその5~6年後にまたわたしの人生に交差を起こしてくる。
時はもう1980年代半ばに差し掛かっていただろうか。すでに『万里の河』という曲をヒットさせていた彼らはそれなりに知名度を上げていた。わたしの方はと言えば、未だにデビューもできず、自作のデモテープを持っていろいろなレコード会社を回っていた。たまたまあるレコード会社のFディレクターがわたしの曲を気に入ってくれて、それから彼のもとでアルバムを作る話が進み始めていた。そして偶然にも、そのときF氏が担当していたアーティストが「CHAGE&ASKA」だったのだ。

F氏はよくアスカの話をしていた。「あいつの勉強熱心さには本当に頭が下がるよ。全く遊ばない。いつも音楽のことばかり考えてる。詩へのこだわりもすごく強い。チャゲと日本の〈ホール&オーツ〉を作ると言い張ってるよ」。ホール&オーツというのは当時、全世界で人気を博していた米国のポップデュオのことだ。曲作りのセンスが抜群で、都会的な洒落たサウンドで日本でも№1ヒットを連発していた。わたしはF氏に間髪を入れず言い返した。「チャゲアスの演歌センスじゃ、日本のホール&オーツなんてぜったい無理でしょ」「そうだよなぁ」とF氏も半ば納得していたのだが。

しかし、その後数年のうちに日本全国でチャゲアス旋風が巻き起こったのは皆さんも知っての通りだ。「LOVESONG」「SAY YES」「YAH YAH YAH」と日本のポップス史上に燦然と輝く名曲を立て続けに残して黄金時代を築いた。
当時、すでに音楽を諦めて博多に戻ってきていたわたしだったが、あのときの衝撃は今でも忘れられない。「なんで?あのアスカがなんでこんな曲が作れるんだ?」悔しさと嫉妬心が入り混じったその懐疑はすぐに賛美へと変わった。「アスカはすごい。ここまで自分の作曲センスを変えるのにどれだけ頑張ったのだろう。これは才能だけでやれることじゃない。想像を絶するほどの凄まじい努力がその裏にはあったんじゃないか」

薬に頼ってしまったことは決して許されることではない。しかし、今でもアスカの本質は何も変わってはいないと信じている。まだ時間は十分ある。あの頃の頑張りを持って、どうか今回の事件を乗り越えていってほしい。君ならきっとできる。

2014年6月-ブロッサムNo.56

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