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半田広宣コラム 「ヌースの時間」

デジタル空間と現実空間のはざまで



デジタル空間と現実空間のはざまで

先週の日曜日、市内の公園に食事に出かけた。この公園にはお気に入りのレストランがあって家内と度々食事に行くのだが、いつもと公園の様子が違う。やたら人が多いのだ。別にお祭りをやっているわけでもない。子供、若者、中高年、世代を問わず、単独またはグループで携帯片手に公園の中を歩き回っている。そう、ポケモンGOのプレーヤーたちだ。

このゲームだが、7月初めにアメリカでサービスが開始され、瞬く間に世界中に広がり、去る7月20日に日本でもサービスが始まったらしい。ニュースなどで東京の夜の公園にも人がたくさん溢れている様子を目にはしていたが、この博多で、昼間までがこういう状態になっているとは予想だにしなかった。おそらく、6~7割がポケモンGOのプレーヤーたちではないか。すでに日本には1000万人のプレーヤーが誕生しているらしい。

このブームがいつまで続くのかは分からないが、個人的にはあまりいい印象が持てない。一体なぜこんなゲームが開発されたのだろうか。故任天堂社長によれば「スニーカーを履き、友達と街へ飛び出したくてうずうずしているような」未来の子供たちをイメージして企画したという。

従来の携帯ゲームは画面の中だけが世界だった。ゲームに熱中する子供たち(大人たちも?)は、必然的に家の中で液晶モニターの中に入り込み一心不乱にゲームにふける。当然、運動不足にもなるだろうし、また人とのコミュニケーションも不足するだろう。そうしたゲームっ子たちを戸外へと引っ張り出し、再び自分の生きている世界を見つめ、人とのつながりを諮る。とてもいい試みだ。確かに、普段公園に来ている若者たちはジョギングしたりして健康的な人たちが多いのだが、先週はメガネをかけ青白い顔をしたいわゆる「オタク風」の若者たちが圧倒的に多かった。

しかし、開発者たちの思惑通り事態が進行しているのかと問われれば、かなり疑問だ。わたしから見ればこの光景は明らかに異様だった。彼らは果たして自然に触れているのか?彼らは人と新たにコミュニケーションを取ろうとしているのか?どう見てもそうは見えなかった。公園の風景など一切見ていないし、通行人とぶつかりそうになっても、詫びの一つも入れないどころか、相手の存在にさえ気づいていない。彼らの世界は相変わらずモニターの中だけだ。

つい先日には名古屋に住む友人がSNSでポケモンGOのプレーヤーに不快感を訴えていた。なんでも自分が住んでいるマンションがポケスポットになっているらしく、マンションの周りに夜中まで一日中プレーヤーたちがうろついているというのだ。近所の大きな公園では夜中でも子供や女の子までが沢山うろついていて、ごみや騒音、違法駐車でトンデモないことになっているらしい。
バーチャルを普通の生活空間にまで勝手に重ね、土足で踏み込んでくる感性が分からない、と友人は憤っていた。スマートフォンの中の世界にひたすらハマる人々を「ゾンビ」の様に例えたイラストがネットに載っていたが、わたし自身もまさに同じような印象を持った。

デジタル空間が現実の空間へと拡大してくることを仮想現実(VR)に対して拡張現実(AR)と呼ぶらしいが、拡張されているのはまさにデジタル空間の方であって、決して現実世界ではないだろう。若者の9割がスマートフォンを持つ現代、ゲームを通じてデジタルと現実が入り混じった世界が当たり前の世代が中心となっていく。我々はこれらの事の成り行きを、そして時代の進んでいく方向を注意深く見守る必要があるのではないだろうか。

2016年9月-ブロッサムNo.65

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