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半田広宣コラム 「ヌースの時間」

絶やすべきでない祭りの火



絶やすべきでない祭りの火

また、暑い季節が巡ってきた。この季節になるとわたしが住んでいる博多の街では「もうすぐ山笠やね」が挨拶代わりの言葉となる。山笠の正式名称は博多祇園山笠。その名の通り、京都の祇園祭と同じく須佐之男命に無病息災を祈念する祭りとして、約700年前ぐらいに始まったとされている。
わたしも幼い時、よく父に連れられて「飾り山」と呼ばれる山笠を見物にいったものだ。右手に水風船、左手にはわたあめを持って、立ち並ぶいろいろな露店の中を覗き込んでは、まるで時計が止まったような祭りが醸し出すあの不思議な雰囲気に胸を躍らせたのを今でもよく覚えている。

祭りが持っているこうした非日常が嫌いな人はまずいないのではないか。祭りは単なるイベントとは違う。昔の日本人にとって、祭りとは神を祀ることであり、国魂(クニタマ)とつながるための儀礼でもあった。クニタマとはその土地土地の自然を守っている神霊のことだ。祭りの間はこのクニタマが常世の世界から顔を出し、いわゆる「ハレ」と呼ばれている日常とは違った聖なる時間が顔を出すのである。その時間の中で人々は語り、踊り、酒を酌み交わして、思いを一つにする。

ハレの語源は「晴れ」でもあり、この力は体や魂を浄化する力を持っていると言われていた。人間の「気(ケ)」は単に普段の生活の中だけでは枯れてしまい、「気枯れ(ケガレ)」を作り出す。祭りはこのケガレを払いのけるための儀式にもなっていたのだろうと思う。昔の日本人にとって、「ケ」と「ケガレ」と「ハレ」は自然の中での生命力の循環のようなものでもあったのだ。

そう考えると、祭りというものがいかに大事なものであるかが分かるだろう。祭りの存在価値はその土地の文化財などよりももっと高いと言っていい。祭りが作り出す「ハレ」の力が、地域住民同士の「絆」を育むのは言うまでもなく、そこに暮らす子供たちの心の生育にとっても極めて重要なものだということが分かるはずだ。事実、祭りがある場所とない場所では非行に走る若者の数の比率も大きく違う、という統計調査もあるくらいだ。

しかし、最近は村祭りなどの伝統的祭りが地方からどんどん消えて行っている。高齢化や少子化によって祭りを開催するための人員や費用を自治体が確保できなくなったというのがその理由だ。しかし、それは表面的な理由にすぎない。政治家やお役人に限らず、日本人全体が目に見えないものに対する価値を失いつつあるのだ。利用目的が十分に検討されていない施設や建造物の設置に予算を割く位なら、こうした無形文化財とも言える「祭り」の保護にわたしたちはもっとお金を使うべきではないかと思う。

わたしの若い頃には吉田拓郎が「祭りの後」という曲を歌っていた。それは祭りが終わったあとにやってくる淋しさについて歌ったものだった。しかし、今の時代はもう祭りさえも数が減り、人々は祭りのあとの淋しさという情感さえも失いつつある。「ケガレ」ばかりで人が生きて行けるはずもない。わたしたちは「ハレ」のための新しい場所作りを真剣に考えていかなくてはならない。

2015年6月-ブロッサムNo.60

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