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半田広宣旧コラム 「ヌース的人生のススメ」

老人と道



今日は、父の家に行き、半日面倒を見ていた。2週間ほど前から母が入院しており、家で親父の面倒を見る人間がいなくなり、姉たちを始め、孫や、わたしたち夫婦やが当番制で父の傍についているのだ。父はかなり痴呆が進んでいるので、一人にしておくと徘徊等、様々な心配事があるので、皆で話し合った結果、そういう体制をとる運びとなった。といっても、もう明日は母が退院する予定だ。とりあえずは今日が最後の当番となる。

夕方、家に閉じこもっておくのも何なので、いつも毎週父を連れて行く喫茶店に行く事ことにした。この喫茶店、父の家のすぐ近くにあるのだが、父は足腰も弱くなってきているので、毎回、車で行くことにしている。しかし、3月に入ってからというもの、どこもかしこも工事中で、たった数百メートルの往路の間に片側通行の規制が2ケ所もかかっている。ガードマンのおじさんが、ここぞ権力の行使のしどころという感じで、張り切って旗を振っている。それにしても対向車の通過待ちが何と長いことか。

毎年のことではあるが、本当に3月はどこもかしこも道路工事中だ。おそらく日本全国で同じような光景が見られるのだろう。いったいこの道路のどこに工事の必要性があるというのか。ただ掘り返して埋めるだけ。いい加減に猿芝居を止めてくれないものか。
今年はあまりに工事箇所が多いので、穏健派のわたしもついついご立腹。勢い家に帰って国土交通省のHPで道路予算を調べてみることに。

平成18年度の全国道路投資額は一般会計、特別会計、地方財源をも含めて約8兆2千億。すごすぎ。何で毎年、毎年、こんなに金が要るんだ?とどのつまりが、日本は自動車立国なので、ガソリン税や従量税や自動車税として特定財源からガッポリお金が取れる。狭い国土にこんなにたくさん道路はいらないが、自動車から上がった税金は国土交通省が貰うのは当たり前でしょ、半田さん、というわけか。それにしても見にくいHPだなあ。こっちに100万円ぐらい予算を割いてくれんかのう、呆け役人さんよ。

それに対して、今朝のニュース。65歳以上の高齢者が支払う介護保険料向こう3年間4090円に。一気に24%上昇!!介護問題が切実になっているところだったので、半田さんは余計にご立腹。同じく、勢い、厚生労働省のHPに飛ぶ。10年前の保険料の予定計画書を見てみると、平成22年度予定でも3600円だったことが判明。おい、まだ平成18年度やぞ。いい加減な見通し立てやがって。このままでは、あと10年も経てば一万円を超えるのは必至。いや、ヘタすると雪崩れ式に2万円までぐらい上がるかもな。ちなみに平成14年度の介護保険の予算額は年間約5兆円強となっている。道路なんてもう作らなくていい。こっちに少しは予算を回さんかい!!(それにしてもここのHPも見にくい)。

僕らは単純に思う。終わりよければすべてよし。老後が誰もが安心して暮らせるようになれば、こんなギスギスした世の中にはならないだろうと。もし、国民の誰もがそう思っているのならば、老人福祉に予算を大きく割いて、医療はおろか、国立の介護付きデラックスマンションを軒並み建築して、食費も全額無料という制度だって作れるはずだ。失業者たちをそこの従業員に当て、公務アルバイターとして働かせればまさに一石二鳥。失業問題だってかなり解消できる。しかし、そうは問屋が卸さない。一体、何が老人福祉社会を阻止しているのか。

答えは簡単である。国家資本主義社会だ。資本にとっては、国民が将来の保証に安穏としてもらっては困るのだ。国民を常に生活的な危機意識状態においておくこと。そうしなければ現在においての国民全体の労働意欲が減少する。どうせ老後はラクチンなんだから、別に貯金もいらないし、保険だって入らなくていいも~ん。労働意欲の低下はそのまま税収の低下につながり、国力は衰退の一途を辿る。それが国家資本の考える事だ。だから、老人たちが幸福であってもらっては困るわけだ。と、まぁ、ここまで問題は単純ではないだろうが、国民を恐怖と不安であおりコントロールする。それが国家というものである。

そろそろ国家や資本主義に代わる何か別のイデオロギーが出て来なければ人間は滅ぶ。

2006年3月-半田広宣ブログ

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