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半田広宣旧コラム 「ヌース的人生のススメ」

食品偽装と食のモラル



ここ数年、食品の偽装問題が連日のようにメディアを賑わしている。今年に入っても、北海道土産で有名な『白い恋人』や伊勢の伝統的なお菓子『赤福』の賞味期限や消費期限の改ざんが発覚し、つい最近では、老舗料亭『船場吉兆』までが菓子類の賞味期限、消費期限を偽って販売していたことが分かった。
ニュースキャスターたちは、「食品業界のモラルの低下が甚だしい」とか「食の安全が脅かされている」など、製造者側だけを一方的に追求しているが、偽装を招くような風潮を消費者側自らが作り出している節もあるのではないか、とついつい思ってしまう。

日本は今や世界有数のグルメ大国だ。十代の若者までもがグルメ通を自称し、高級レストランの高級食材に舌鼓を打つなんて光景も珍しくはない。家庭の夕食でさえ世界中から集められたおいしい食材が並んでおり、まるで毎日がクリスマスの御馳走のようだ。
冷静に考えると世界にはまだ10億近い人々が飢餓に苦しんでいる。しかし、日本が輸入している穀物は、その半分以上は美味しい牛や豚や鳥を育てるための飼料に使われている。そして、そうやって手間とお金をかけて生産された食肉類もデパ地下やコンビニの食品群を見ればお分かりの通り、賞味期限が過ぎたというだけで破棄されてしまうのだ。
私達は売る側のモラルの崩壊を叫ぶと同時に、まずは僕ら日本人のこうした大きな視点での「食のモラル」の低下について問い直す必要があるのではないのではないだろうか。

賞味期限と消費期限というのは、食品がおいしく食べられる期限と食品が安全に食べられる期限の意味だが、衛生面の消費期限は別として、おいしく食べられる期限という表示は果たして必要なのだろうか。確かに業者の偽装は許しがたいことだが、こうした現代日本の食全般の状況を見ていると、賞味期限の表示の必要性もまた疑問に感じてしまう。
素人考えではあるが、賞味期限を過ぎた製品は原価販売するように義務づけ、食費を切り詰めたい人のためのコーナーでも作って、すべて売りさばいて無駄をなくすようにしてはどうだろうか。

魂のレベルにおいては、こうした食の在り方のほうがはるかに豊かで、美味である ― いつまでもあると思うな食と店。現在、世界の環境は激変しているといっていい。普段当たり前に口にしているものが手に入らなくなるかもしれない。近い将来、偽装したものでもいいから、という日がやってこないとも限らないのである。

2007年12月-ヌース通信No.30

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