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ほしのかたちみ~イデアサイコロジーの世界~

第4回 分からないままにしておく勇気を



HSP

新型コロナウイルスが現れてから、もう1年以上になります。この間、私たちの生活もマスクの着用やリモートワーク等いろいろと変わりました。そして、このコロナウイルスに対する考え方にも人によって捉え方の違いが出てきています。

例えば「外出はできるだけ自粛して、うがい手洗いマスク着用等を心がける」という態度が一般的かと思いますが、更に徹底して「帰宅したら必ず入浴、家でもマスク着用」という方もいれば、「コロナウイルスは風邪と同じなんだから、みんな騒ぎすぎ」「コロナはフェイクだ」「マスクなんて必要ない」という考えの方もいらっしゃいます。

人間は正体不明の危機に見舞われて対処法も分からないという時、大きく2つの捉え方をすると私は思っています。「安心」を取るか「安全」を取るか、です。

「安心」というのは、現実や事実は関係なく、自分の心が安定して快適であるということ、「安全」は現実的・物理的に自分の周りに危険なもの、生命を脅かすものがないということです。どちらを重視するかで、その後の考え方が変わってきます。

こう聞くと「そりゃ安全を取るでしょう」と思う方が多いのではないでしょうか。でも、人間の自我のシステムは巧妙で、無意識的に「安心」を取るように仕向ける働きを持っています。心理学ではこれを「認知的不協和」と呼びます。

皆さんはイソップ童話の「酸っぱい葡萄」をご存知でしょうか?
葡萄を取れなかったキツネが「あの葡萄は酸っぱいからいらない」と言うというお話です。つまり、自分の心の安定を維持するために、事実の判断を歪ませてしまうということです。

このキツネは、心の底では「酸っぱいかどうかは分からない」ということは分かっているかもしれませんが、実際にはこれが無意識に行われることもあります。自分の心の不安定さや行動の制限を嫌うあまりに、現実を見ていないということにも気づけなくなってしまうんです。そうなると、本人は「自分は現実を見てきちんと判断している」と感じ、更にその考えに固執してしまうので、周囲との相互理解も難しくなってしまうんですね。

人間ですから怖いものや嫌なことは皆あります。でも、その怖さや不快さに負けてしまって、現実を見なくなると更に脅威が増すことになりますよね。ですから、コロナ禍だけではなく、正体不明の危機を「安全」に乗り切るには、まず現実と事実を重視して、分からないものを分からないままにしておける勇気が必要なのではないかと思っています。

認知的不協和を防ぐためのワンポイントアドバイス

◎ 自分の思考や感情を意識して見て、ありのまま認識する。

◎ 感情に流されて無意識的に行動しないために、常に意識的に行動するように習慣付ける(利き手以外でドアを開ける等)。

◎ 遺伝や乳幼児期・児童期の親子関係の影響などが無意識に作用する場合が多いので、これらと向き合い正しく認識する。

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春井星乃

春井星乃Harui Hoshino

お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。臨床心理士として精神科クリニックに勤務し、東京都スクールカウンセラーも経験。心理学・精神分析・エニアグラム(9つのタイプによる性格分析法)を通して、人間の性格構造を明らかにする「イデアサイコロジー」を提唱。

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